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マザーテレサとの出会い

私はマザーテレサを敬愛しています。敬愛している証拠に私の車のナンバーはテレサです(^_-)-☆
マザーとの出会いは、たまたま買った「マザーテレサへの旅路」と言う本を読んで、名前は知っていたのですが、こんな素晴らしい事を成し遂げた人なんだと感銘を受けた事でした。
その本の最後に「ボランティア募集」と書いてあり、何のボランティアなんだろう?と電話したのがきっかけでレインボーホームと出会いました (o^∇^o)ノ
レインボーホームの詳細はココ→ http://rainbow.pro.tok2.com/rainbow/
つづき

レインボーホームの主催者は、現在インドに「孤児の家」と「無料診療所」を
作って活動しています。
日本人で初めて「孤児の家」と「無料診療所」を作ったのですが、それまでに
7年の歳月を要し途中で何度も挫折しかけたそうです。
その時、励ましてくれたのがマザーテレサでした。「私には私にしか出来ない
事がある。あなたにはあなたしか出来ない事がある」と言われ、頑張り続け
オープンにたどりついたのです。
マザーはよくYou did it to meと5本の指を一つ一つ折りながら、
「これを覚えておきなさい」と言われていたそうです。
その話しを聞きに行ったのが、1997年でした。もう少し早く本に出会い、
ボランティアに行かれればマザーに会えたのですが、私の親には理解して
もらえず、1999年やっと行かれる事になったのです。
でもマザーはもう天国に召されていました☆=>=>=>(+_+。) ガーン
     マザーの写真     コルカタのマザーハウス

主催者の方に不思議な話しを聞きました。
マザーが亡くなったのは、1997年9月5日の夜中でした。
その日帰国の為にエアーインディアに乗っていたのですが、計器の故障で
飛べなくて一度カルカッタ(コルカタ)に戻りました。
ホテルの受付の方に「今マザーが亡くなったとニュースがあった」と言われました。
もし、予定通り飛び立っていたら、マザーの最後に会えなかったかも
しれなかったが、マザーが呼んでくれたのではと思ったそうです。
いてもたってもいられず、マザーハウスに急ぐとシスターが中に入れて
くれました。
マザーに頬ずりして、本当に亡くなってしまったのだと改めて思ったそうです。
その時シスターの許可を得て写真を撮らせていただいたものを、私も焼き増し
していただき宝物にしています。
 
主催者の方は、元々不登校児などの施設に勤めていて、インドにボランティアに行かせたら考え方が変わるのではないかとマザーの施設に連れて行った所、とても良い
方向にいってくれたそうです。
そこでハタッと不登校は親の問題でもあるんじゃないかと思い、親も連れて行き、そのうち一般の人たちからも連れて行ってほしいと希望が多くなり、インドボランティアに専念したそうです。
でも、主催者はとても気さくな方でお酒が好きでして、ボランティアが終わると
毎晩酒盛りでしたヾ(@~▽~@)ノ
不思議な事に飲んだ人は病気一つ罹らず、飲んでない人は風邪をひいたり、体調を崩したりしていました。
恐るべしアルコール消毒オオーw(*゚o゚*)w
 
カルカッタ(コルカタ)はとても汚く、一日で鼻の穴真っ黒!「ギャー野良牛のう○こ踏んじゃった?」なんて日常茶飯事!!
でも、不思議と気持ちが落ち着くんです(=v=)ムフフ♪ 「なんで?」と聞かれても
「行ってみて」としか言えませんw
「死を迎える人の家」や「障害児の家(ダヤダン)」でボランティアをさせていただきました。
日本人の感覚だと「なんで?」と思う事がありました。
障害児のオムツが布一枚なんです。あれでは垂れ流しですε=(。・д・。)フー
替えても替えても次々に垂れ流しです。クレゾール入りの水の入ったバケツで
雑巾を絞り、それで床を拭き、ついでに子供のお尻も拭き・・
何でかとシスターに聞くと「洗濯をしてくれる下働きのインド人の仕事を取らない様にですよ」
あ?なんて私は合理的な事ばかり考えていたんだ反省しました。
     障害児の家・ダヤダン      スラムの子供達

「死を迎える人の家」では、シーツを取り替えたり、体を洗ったり、洗濯をしたりと日常の介助です。
ある日、そこに運ばれてきていたおばあさんが私に抱きつき、ただただ泣くのです。言葉も分からないし「どうしよう」と思いましたが、取りあえず抱きしめて「大丈夫よ、大丈夫よ」と言うしかありませんでした。
インドにはボランティアとしてまた行きたいのですが、仕事の都合上なかなか時間が取れません。
ですので、ボランティアの一環としてレインボーホームの里親会員になり、少ないながらもお金を送り続けて
います。
マザーはキリスト様に一生をささげたのですが、宗教を超えた本来人間が持っていたものを思い出させてくれる方だったのだと思います (皆さんに神のご加護を・・・)
 

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>まっきー@千葉さん、こんばんは。
私は今は公僕と良く書いていますが、大学病院から何故公僕になったかと
言いますと、福祉の仕事をしたかったのです。障害児・者の病院や施設や
今は養護施設の中の乳児院にいます。県なので民間では対応出来ない
障害児を引き受けています。乳児院としては他にないくらい看護師が
半分いるという職場です。
私が受け持っている子供も障害があるのですが、私が分かっていて後追い泣きされると後ろ髪を引かれます。とっても可愛いですよw
携帯の待ちうけに入れてあるほど・・・
マッキーさんはとても頑張っていられるのですね(*´∇`*)
障害者だから、いつも受身ではなくて、自分の出来ることをしようとした事は
大変だけど色々な意味で得た物が多かったと思いますよ
頑張ってくださいねd(@^∇゚)/ファイトッ♪

こんにちは、失礼します。

お邪魔します。

先日は、たいへんお世話になりました。
「好文亭」の見学の際に「階段の上り下り」で、うらマリウスさんにお気を使って頂きました、
感謝しております。
----
納得です、それで 「テレサ」 なのでしたか。
----
私自身も2種5級の障害を持っています、
なのに20代の頃、ボランティア活動に参加させて頂ていました。
地元の青年ボランティアに所属し、福祉施設の子供達と
動物園やお泊り会や野球観戦に行ったりして..

今になって、少しだけ解った事は、
(子供達も私が障害を持っていることを、理解してくれてたんだなぁ~)って
10年も前の事ですが、当日に受け持った子供( もう大人に成ってる )を思い出します。
いろいろな子と遊びました、みんなやさしい子供でした。
----
気にしていませんでしたが、
こ~んな、私をこの歳まで育ててくれた、父と母も素敵な人だったりして...
改めて、ちょっと感謝

でわでわ@長々と失礼しました。
プロフィール

マリウス

Author:マリウス
トヨタのハイブリッドカー『プリウス』購入を期にブログを始める事にしました。マリウスの事が少し分かるプロフィールはこちら

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